ごあいさつ

このたび、トータル・オリンピック・レディス会(以下TOL会)の会長を務めさせていただくことになりました競泳出身の村山よしみです。
初代の小野清子会長、次いで木原光知子会長、そして橋本聖子会長という日本スポーツ界を代表される錚々たる歴代会長の後任として、その任を全うすることがかなうのか、歴史ある当会の名に恥じないよう務まるのか、自ら自問自答をくり返しました。
その結果、初めてのメキシコでスタート台に立った時と同じく、清新な精神、挑戦を怖れない心構えを持って、全身全霊でこの歴史あるTOL会の益々の発展に微力ながらお役にたつ決心をいたました。
敬愛する水泳の先達、木原会長の遺志を継ぐべく、出身競技や序列、組織の枠を超え、メダルにかかわらず、女性オリンピアン相互の様々な交流、スポーツ文化啓蒙事業、広く社会への貢献などがはたせる会として今後も末永く活動の幅を広げていくことができるよう努めてまいる所存です。

本年は、栄えあるオリンピックイヤーです。待望のロンドン開催まで1カ月を切りました。来る7月27日にはスポーツの祭典を祝福する高らかなファンファーレとともに、世界中が待ち望んだ開会式がとりおこなわれます。
今は遠く忘れ去られた歴史のひとこまですが、ロンドンオリンピックは68年前の1944年に開催予定がありました。折しも世界中を戦乱の渦中へと巻き込んだ第二次世界大戦により開催中止を余儀なくされました。事実、対戦末期のロンドンは毎夜空襲にさらされ、人々は明日へと生きのびるのが精いっぱいの時代でした。
戦後、終戦から3年を経た1948年、戦後初めてのオリンピックがロンドンで開催されることになりました。その当時、敗戦の深い痛手から未だ立ち直れない日本では二人の若きスイマー、古橋広之進さん、橋爪四郎さんが自由形1500mで世界新記録をお互いに何度も更新する大活躍に沸いていました。
ロンドンで開催される次回オリンピックに出場すれば両雄が必ずや金銀、ワン・ツーフィニッシュが果たせると国内外で評判になっていました。しかし、歴史は両雄のオリンピック出場を許しませんでした。日本、ドイツは大戦にかかわる責任を問われロンドンへの出場がかないませんでした。ロンドンにはそういう時代、歴史がありました。

それから64年という永い年月が流れ、日本はロンドンオリンピックへ大選手団を送り出します。本大会でJOCが掲げる金メダル獲得目標数は15個になります。体操、柔道、競泳、レスリングなど大いにメダルが期待される種目も多々あります。これらは選手、コーチ、監督の日々の地道な研鑽努力はもとより、最新の医科学、栄養学、トレーニング施設、技術の粋を結集させた用具、これらを支える多くの関係者、そして多大な支援を惜しまない協賛企業、そして国民の皆さんの理解と真摯な応援によって築きあげられてまいりました。これらの結晶ともいうべき結果がロンドンで発揮される時が近づいてきました。
加えて、競技とは別に、日本では2010年にスポーツ基本法が制定され、国民は誰でも、どこでも、いつでも“スポーツ”に親しむ事が出来る環境作りがソフト、ハードの両面において始まりました。このような社会の要請、期待に応じるべく、我々TOL会も、スポーツの持つ本来の楽しさから、その奥深い様々な魅力を広く皆さんにお伝えしていく所存であります。

最後に、東京オリンピックの招致「夢の実現」に向け、自由闊達な女性オリンピアンの集いとして、年代、競技、組織の枠を超えお手伝いさせていただく所存です。まずは自ら出来ること、いま為すべきことを、会員一同、様々に豊かな経験と知恵を活かしながらコツコツと励んでまいります。

今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

TOL/トータル・オリンピック・レディス会
会長 村山よしみ


【略歴】旧姓:西側よしみ<出身地>大阪府<生年月>1953年4月<最終学歴>武庫川女子短期大学<現在活動>(公財)日本水泳連盟理事 広報委員長、(一社)日本マスターズ水泳協会理事 広報委員<出場歴>‘68第19回メキシコオリンピック、‘72第20回ミュンヘンオリンピック、‘76第21回モントリオールオリンピック